先日、新規の建設業許可申請をするために、色々要件の確認と共に社長と打ち合わせをしていたところ、『人工出し』という言葉が出てきました。
建設業の仕事の受注は、1件ずつの工事単位が一般的です。しかし、作業員を1日単位で工事現場に従事させるという作業員の工事作業の1日単位で仕事を受注することがあります。
この、作業員を1日単位で指定された日数を働かせることを『人工出し』あるいは『人夫(にんぷ)出し』と呼びます。
今回の記事では、知らないと法律違反行為にもつながってしまう『人工出し』について説明します。
建設業の働き方、仕事のスタイルとしては「■■工事を完成させることで〇〇円」というのが一般的ですが、中には「作業員を1日現場に行かせることで〇〇円」という形で営業をされている方がいます。
これがいわゆる『人工出し(にんくだし)』です。
『人工出し』は、作業員を他社の現場に貸し出し(派遣し)、作業員がその貸し出し先(派遣先)の会社の指揮命令の下に現場作業に従事する働き方です。
人工出しを行う事業者は、人を貸し出し/派遣することで収益を上げます。
このような人を派遣することで収益をあげる事業を労働者供給事業と言います。
労働者供給事業は、労働者派遣法に基づく労働者派遣に該当するものを除き、職業安定法により全面的に禁止されています。また、建設現場への労働者派遣は原則として労働者派遣法により禁止されています(一部の業務を除く)。
要するに、人工出しは、いろんな意味で法的にNGとされています。
厚生労働省『労働者派遣事業を適正に実施するために-許可・更新等手続マニュアル-』より抜粋
ではなぜこのような、法律で禁止されている『人工出し』が建設業界に残ってしまっているのか?と思われる方も多いと思います。
それは、
・建設業界への若い就業者の流入不足
・技術者の高齢化による就業者不足
といった、どの業種でも共通する原因が挙げられます。
建設業の常態化した就業者不足によって、多くの建設業者は人手の状態を前提に工事のペースや工事の受注ペースを考えなければならなくなっています。
しかし人が足りないと、計画していた工事のペースに追いつかない、もしくは作業員が不足して工事が受注できないというのが実態として多くあります。
そんな時に人工出しを受けることで、計画通りに工事が進む、もしくは工事が受注できようになり、人手不足の建設業者は助かっているのです。
また、人工出しをする建設工事業者からすると、多くの作業員を雇用することで
➀自社の工事を有意に受注できる
②自社の工事がなければ他社の工事に派遣して収益を得られる
といったメリットを受けられるため、事業の幅を広げることにつながります。
つまり、派遣元と派遣先の双方のニーズが合致しているからこそ、今も『人工出し』が行われてしまっているのです。
人工出しが行われている理由にはもう一つ理由があります。
それは、
建設業界が労働者派遣において【ネガティブリスト】に設定されているということです。
労働者派遣法は、1999年に大幅な規制緩和が実施されており、原則すべての業種で労働者派遣が可能になりました。
実は、この規制緩和が行われるまでは、労働者派遣ができる範囲を示す方法として【ポジティブリスト方式】が採用されていました。
しかし、原則全ての業種で労働者派遣ができるようになったため、一部の労働者派遣が禁止される【ネガティブリスト方式】に切り替わりました。
ネガティブリストには、士業や医療、警備業務、建設業務が定められており、派遣できない職種となったのです。
そのため、労働者派遣を認めてしまうと、複数の企業が混在する中で、指揮命令の責任者が誰なのかが曖昧になるという事態をまねきかねず、結果として事故を招きかねません。したがって、建設業に従事する労働者が、雇用する者と指示命令する者が一致する請負形態になるよう、雇用関係の明確化や雇用改善を図るためといえるでしょう。
そして現場からもらった賃金の一部をマージンとして受け取ったため、作業員の賃金が本来より極端に安くなることが常態化していたのです。この「手配師」は、派遣事業者と同じことをしていましたが、いわゆる暴力団に近い存在だったともいわれています。
この状況を是正するため、『建設業務労働者就業機会確保事業制度』というものが設けられ、建設労働者の雇用の改善を図ることになりました。
そんな黒歴史からも、派遣事業のネガティブリストに建設や土木の現場作業が入っているそうです。
労働者派遣を禁止されている建設業務は、土木や建築その他工作物の建設・構造・保存・修理・変更・破壊もしくは解体などの作業やその準備に関わる業務を言います。
いわゆる建設工事の現場で直接的な作業に従事する部分が対象となり、土木、建築業の現場職の求職者を紹介することが禁止されています。
(※事務、営業、施工管理職は主任技術者や監理技術者などは労働者派遣が可能)
よって、建設会社は人材が不足してしまっても、派遣を使う事が出来ず、本来はハローワークや求人広告等でしか技能者を採用できないのですが、古くから業界で行われている『人工出し』というやり方で人手不足を解消しようとするのです。
ですが、他社が行っているから違反ではない、ということではなくこの従業員や作業員の貸し借りが労働者派遣や労働供給に該当すると判断されると、違法行為になってしまう可能性があります。
人工出しを行い労働者派遣法に違反すると、1年以下の懲役または100万円以下の罰金が課されます。
また、職業安定法の違反においても同様に1年以下の懲役または100万円以下の罰金が課されます。
建設業務の人材派遣や職業紹介は禁止されているため、違反した場合には罰則があります。そして罰則があると建設業許可に影響が発生します。
それは、建設業許可の要件には建設業許可を受けようとするものが『一定の欠格要件に該当しない』という項目にあたります。
“許可を受けようとする者”には、法人の場合の代表取締役(個人事業主の場合には事業主)や役員、支配人、従たる営業者の代表者などが含まれます。
欠格要件には、該当者が定められた法律の規定に違反して罰金刑に処せられて刑の執行終了日もしくは刑の執行を受けなくて良くなった日から5年を経過していない者という条項があります。
つまり、この定められた法律には、建設業法や建設基準法などと合わせて、職業安定法と労働者派遣法が定められているのです、
よって、違反が発生して代表者や役員が罰金刑に処された場合には、その時点で以降5年間は欠格要件に該当してしまうことになり、建設業を継続することは難しい状況になってしまいます。
自身の会社と仕事を守るためにも、法令違反となる『人工出し』については気を付けましょう。
ここまで人工出しについて記載しましたが、人工出し=全て違法という訳ではありません。
労働者派遣法で派遣することを禁止されている建設業であっても、厚生労働省から『建設業務労働者就業機会確保事業』という許可を得ることで、自社で雇用する従業員を他の事業者が管轄する工事現場で業務に従事させることが可能になります。
これが『人工出しが行われている理由➁』でも記載をした、建設労働者の雇用の改善を図るために設けられた制度になります。
この許可を得た事業主団体が間に入って行う場合を除き、派遣することも、受け入れることも禁止です。
厚生労働省『建設業務労働者就業機会確保事業』より
厚生労働省『建設業務労働者就業機会確保事業』より
なお、この許可には要件が認められており、全ての要件をクリアしたうえで計画書を作成
し、申請者の所在地を管轄する都道府県労働局を経由して、厚生労働大臣に申請を行う必要があります。
※申請の代行については、社会保険労務士にご相談ください。
さて、社長と打ち合わせをしていると「人工出しの経験は実務経験や工事実績に該当するのか?」という質問をよく受けます。
結論からいうと、残念ながら認められません。
建設業法上工事経歴として認められるのは、「工事を請け負う場合」です。
「人工出し」は工事の応援として、工事技術者を派遣しているだけですから、工事を請け負っているとは認められません。したがって、工事経歴書に記載できないのはもちろんのこと、経営業務管理責任者の所定年数の経営経験や専任技術者の実務経験にも含められません。
「裏技で何とかなりませんか?」ともよく言われますが、ありません。
ここで言う「裏ワザ」とは、虚偽の内容で本来は満たして無い状況を満たしている体を装う方法です。
つまり、言い方を変えると黒を白にする方法です。
当事務所は法令違反に該当する申請のお手伝いはお断りいたします。
ご相談頂くお客様の中には、実際にきちんと請負契約を結んでいるにもかかわらず、普段から使っている言葉であるが故に、請求書等に【人工出し】と記載していらっしゃるケースも過去にありました。
ですが、【人工出し】という記載では実務経験や工事実績として認められません。
実務経験や工事実績として認められない=証明書として使用することができない
建設業許可を取るためには確実に「建設工事」を施工し、契約書、見積書、請求書にもしっかりと分かるように記入しておくようにしましょう。
建設業界で当たり前に行われている『人工出し』ですが、実は法令違反になってしまうのです。
他がやっているから自分達も大丈夫、バレなければ大丈夫、なんて考えていると1年以下の懲役または100万円以下の罰金が課されます。
そして、建設業許可が取得できない、取消・剥奪されてしまいます。
建設業許可が一旦取り消し・剥奪されてしまうとその時点から5年間は許可の再取得ができなくなってしまいますし、建設業許可がなくなると実質的に建設業の営業ができなくなり、建設業としての事業の継続が危うくなります。
知らないうちに法令違反していた、なんてことにならないよう注意しましょう。
また、せっかく他の要件を満たしているのに、証明書が使えなかった、証明できずに許可を取れなかったというのは勿体ないです。
『人工出し』が違法であることをしっかりと認識して事業を行うようにしましょう。